おばひめが こゑねのくにに
みはをりて たてまつるとき
なくみこの こゑききとれは
あなうれし きれよりもろが
なおこいて おばよりとえは
うひるぎと みつからことふ
みこのこゑ きききるときは
おさななの うはおおいなり
ひはひのわ るはひのちたま
ぎはきねぞ かれうひるぎの
みことなり きねはめをとの
をのきみぞ ふたかみおばお
たたゑます きくきりひめも
あなかしこかな
あかたまの わかひるのるは
あおきたま くれひのみたま
ぬばたまなりき
ひさかたの ひかりあれます
ういなめゑ あゆきわすきに
つげまつり みこひたさんと
ふたかみの みこころつくす
あまのはら そむほいますも
ひちひとぞ おほすはめくみ
あつきなり むかしたまきね
ちかいして かつらきやまの
やちみそぎ すみていとりの
てくるまお つくりかつらの
むかひとて はらみにつとふ
あるかたち ふたかみゆめの
ここちにて あひみたまえば
とよけにて あめみこひたす
ものかたり
コヱネ邦(石川県)に住んでいた叔母シラヤマ姫がアマテル大御神の誕生を祝って織り上げた御衣を奉った時、皇子の泣き声を聞いて「あな嬉し」と言いました。諸臣が理由を尋ねたところ、皇子は自ら「ウヒルギ」と答えていますと言いました。「ウ」は大いなること。「ヒ」は日の輪。「ル」は日の霊魂を意味し、「ギ」は男子の名の最後につける音です。こうして皇子の幼名は「ウヒルギ」に決まりました。
両神はシラヤマ姫を称えて「キクキリ姫」の名を送りました。
ウヒルギの命名を祝ってオオヤマスミが詠った和歌
赤玉の 若日霊の霊は 青き玉
暮れ日の御タマ 烏羽玉(ヌバタマ)なりき
(訳)昇りゆく若々しい太陽は、真っ赤に燃える中に青い霊魂を宿しており、光を失って沈みいく太陽はヌバタマのように真っ黒な玉の中に、また新たに生まれる赤い霊魂を宿しているのだ。
成長と共に、世の中に清浄で強力な気をみなぎらせ、例え世の中が暗く打ち沈んだ時でも、明るく朝の燃えるような光源を宿している。その様な君になって欲しいものだ。
新しい光が射し込んだ様にタカマ(都)に輝かしい日が訪れました。世継ぎの誕生をアユキ・ワスキの両宮に報告する「ウヒナメヱ(初嘗祭)」が執り行なわれました。
両神は多忙な中での皇子を手元に置き、手塩にかけて育てました。そして、日の申し子を更に立派な君主として大成させるには親としてどうすれば良いか常に考えていました。
両神には一日とも思えるほど短い十六年が過ぎてある日、語らい述懐されました。
「昔、トヨケ大神は世継ぎの誕生を願ってアメノミヲヤカミに誓いを立て、カツラギ山で八千回の禊をされた。
禊を済ませたトヨケ大神はイトリ(鳳凰)を冠した「テクルマ」を造って「カツラのムカヒ」の機は熟したと、ハラミの宮に居た私達に伝えてくれた。イトリのテクルマはアメノミヲヤカミが遣わす御霊をお運びする乗り物で、桂の木は夫婦和合の象徴とされている。
八千回の禊によりアメノミヲヤカミから御霊を降ろされたトヨケ大神は、それを私達に仲介してくれたのだ。
そして私達がアメノミヲヤカミの御霊を受け入れるための条件は夫婦和合だと教えてくれたのだ。」
両神は当時の事を呼び起こし、思い返しているうちに、トヨケ大神が天皇子を教育している情景が目に浮かび思いました。
「世継ぎを教育するには、知識や判断力、行動力だけを養っていては不十分だ。天から御霊の恩頼を受けられる神性を見につけなければ、本当の日の皇子にはなれない。この教育を施せるのはトヨケ大神以外にいない。」
アマテル大神の声を聞きとって「ウヒルギ」の幼名を名付けた事でキクキリ姫の名前の由来がわかりました。またの名をココリ姫とも言いますね。
古事記には出て来ませんが日本書記にはちょこっと登場する神様です。
石川県をはじめとして全国に2700社あるらしい白山神社のご祭神ですから。決して架空の人物ではないと思います。むしろ古事記に出てこない方が不自然ですね。
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